フランチャイズ裁判例

事業譲渡契約の解除に基づく原状回復としての商標権移転登録請求【fc-cases-h #3】

はじめに

(この記事は2021年10月15日に作成されたものです。)

フランチャイズ事業について、事業譲渡がなされることがあります。

事業譲渡によって譲渡会社が保有していた商標権(既存商標権)も譲渡されることになりますが、譲渡会社は、事業の展開に応じ、事業譲渡後に、既存商標権の商標と類似の商標や類似の商品役務に使用する商標の登録(新規商標権)をすることがあります。

それでは、事業譲渡契約が解除された場合、譲渡会社は、譲受会社に対し、原状回復として、(事業譲渡前に譲渡会社が商標登録した)既存商標権のみならず、(事業譲渡後に譲受会社が商標登録した)新規商標権についても、移転登録請求をすることはできるのでしょうか。

譲受会社によるこれらの商標登録が認められるのは、事業譲渡により譲受会社が既存商標権の商標権者であるからであり、そうでなければ、他人の登録商標と類似の商標や類似の商品役務に使用する商標の登録は認められません(商標権4条1項11号)。事業譲渡契約が解除された以上、事業譲渡契約がなければ登録できなかった新規商標権は譲渡会社に帰属するのか、それとも譲渡会社に帰属したままになるのか、という問題です。

この点につき参考となる裁判例を紹介します。なお、裁判例の紹介に際しては、事業譲渡契約の解除に基づく原状回復としての商標権移転登録請求に関する内容のみを抽出しており、この点と関連しない記載には言及していません。

知財高判平成31年2月27日裁判所ウェブサイト

事案の概要

「控訴人」は、「健康トレーニング,健康管理の企画及びコンサルタント業務並びにスポーツトレーニングに対する指導及び業務委託」を主たる業務とする株式会社です。

「被控訴人」は、「フィットネスクラブの経営,企画,運営及び管理並びにフランチャイズチェーン加盟店の募集及び経営指導等の経営コンサルティング」 を主たる業務とする株式会社です。

「控訴人」と「被控訴人」は、「平成23年12月14日」、「控訴人」が「被控訴人」に対し、「女性専用のダイエット・ボディメイクを目的としたパーソナルトレーニングに関する事業(本件事業)に関する一切の営業権及び知的財産・無形財産(本件営業権等)を譲渡する旨の営業権等譲渡契約(本件営業譲渡契約)」を締結し、「本件営業譲渡契約」に基づき、「被控訴人」が保有する「商標権7ないし10」は「被控訴人」から「控訴人」に移転登録されました。

「本件営業譲渡契約」の締結後である「平成24年2月1日」、「被控訴人」は、「商標1ないし3につき,商品及び役務の区分を第41類(ボディートレーニングに関する知識の教授等)及び第44類として商標登録出願し,いずれも同年7月6日に登録」されました。

その後、「控訴人」は、「平成24年9月27日到達の「解除通知書」により,被控訴人に対し,本件営業譲渡契約(中略)を解除する旨の意思表示」をしました。

※「商標権7ないし10」=事業譲渡契約に基づき控訴人が被控訴人に移転した既存商標権

※「商標権1ないし3」=事業譲渡契約締結後に被控訴人が取得した新規商標権

争点

  1. 控訴人が本件営業譲渡契約の解除に基づく原状回復としての商標権1ないし3の移転登録請求権を有するか否か
  2. 控訴人が事務管理に基づく取得した権利の移転としての商標権1ないし3の移転登録請求権を有するか否か

裁判所の判断

争点①

<結論>

「被控訴人は,平成24年2月1日,商標1ないし3につき,自らの名で商標登録出願し,これらの商標は,同年7月6日に設定登録されたものである。そして,被控訴人は,商標1ないし3を自己の業務に係る役務について使用する限り,商標法所定の要件のもとで,商標登録を受けることができる。」

「商標権1ないし3が本件営業譲渡契約の目的物である本件事業から発生したものということはできない。したがって,商標権1ないし3が,本件営業譲渡契約の解除に基づく原状回復の対象となり得ないことは明らかである。」

<原状回復請求権との関係>

「被控訴人は,本件営業譲渡契約の解除に基づき,控訴人を本件営業譲渡契約の締結前の原状に復させる義務を負うにとどまるものである。控訴人は,本件営業譲渡契約の締結前に,商標権1ないし3を有していたものではなく,商標1ないし3の商標登録出願により生じた権利を有していたものでもない。」

「本件営業譲渡契約の解除に基づく原状回復請求権は,商標権1ないし3の移転登録請求権を基礎付ける実体法上の根拠にはならない。」

<商標法4条1項11号の不登録事由との関係>

「仮に,被控訴人が本件営業譲渡契約により商標権7の移転登録を受けていたから,それに類似する商標3の商標登録を受けることができたものであるとしても,商標権1ないし3は,被控訴人による商標登録出願を受けた設定の登録により発生したものである。被控訴人が商標権7を有していたことは,商標法4条1項11号の不登録事由の不存在の根拠になったにすぎず,商標1ないし3のおおもとが商標7である,ということはできない。したがって,商標1ないし3が商標登録されるに至った経緯を考慮しても,これらの商標権が原状回復義務の対象になるということはできない。」

<控訴人の救済可能性との関係>

「控訴人は,商標1ないし3に類似し得る商標8及び9に係る商標権を有し,さらには商標権7が再審により回復すれば,再度,商標権7の移転登録の抹消登録手続請求をすることにより商標権7も有することになるから,商標権1ないし3に類する効力を有する商標権自体を失ったものということはできない。そうすると,控訴人が被ったとする出所の混同という不利益は,それが可能であれば,被控訴人から損害賠償を受けることによって回復可能なものというべきである。そもそも,控訴人は,商標1ないし3の商標登録が商標法4条1項15号などの規定に違反してされたことを理由に,商標登録無効審判請求をするなどして,商標権1ないし3の有効性を争ってもいない。したがって,控訴人が商標権1ないし3の移転登録を受けられないことが不当なものということはできない。」

<商標法が要請する出所混同防止との関係>

「被控訴人は商標権3を有するところ,今後,控訴人が商標権7を回復することができれば,類似商標が控訴人と被控訴人との間で分離して存続する状態になるということはできる。しかし,控訴人が現時点において商標権7を有していないことを措くとしても,冒認による移転登録を認める特許法74条に類する規定のない商標法において,実体法上の根拠なく,類似商標が分離して存続する状態を除去するための手段として,それらを同一人に帰属させるために移転登録請求を認めるべきであるということはできない。」

争点②

「被控訴人は,平成24年2月1日,商標1ないし3につき,自らの名で商標登録出願したものである。被控訴人は,平成23年12月14日に本件営業譲渡契約を締結した後,平成24年9月27日に控訴人からそれを解除する旨の意思表示を受ける前に,自らの名で商標登録出願をしたのであるから,控訴人のために商標1ないし3の商標登録出願をしたものということはできない。」

「よって,控訴人の事務管理に基づく取得した権利の移転(民法697条類推,701条,646条2項)としての商標権1ないし3の移転登録請求は,理由がない。」

コメント

本件を前提とすると、事業譲渡契約が解除された場合、譲渡会社が譲受会社に対して請求できるのは、(事業譲渡前に譲渡会社が商標登録した)既存商標権の移転登録請求に限られ、(事業譲渡後に譲受会社が商標登録した)新規商標権の移転登録請求まではできないという結論になります。

本件の控訴人である譲渡会社の立場からすると、本件のような結果を回避するためには、事業譲渡契約において、事業譲渡契約が解除された場合、(事業譲渡前に譲渡会社が商標登録した)既存商標権だけでなく、(事業譲渡後に譲受会社が商標登録した)新規商標権も譲渡会社に帰属する旨の規定を設けておく必要があったということになります。

おわりに

以上、事業譲渡契約の解除に基づく原状回復としての商標権移転登録請求について、参考となる裁判例を紹介しました。