はじめに
(この記事は2021年10月13日に作成されたものです。)
フランチャイズ契約において、フランチャイザー(以下「本部」といいます。)が、フランチャイジー(以下「加盟者」といいます。)に対し、契約期間中及び契約終了後一定期間、一定の場所において、同種又は類似の事業を営んではならないとの義務(以下「競業避止義務」といいます。)を課すことが多いです。
競業避止義務の有効性については、「競業の禁止は,フランチャイジーの職業選択の自由ないし営業の自由を制限するものであるから,その制限の範囲は必要かつ相当なものに限られるというべきであり,その限度を超える場合には,競業禁止条項は公序良俗に反し無効となるといわざるを得ない。」(東京地判令和3年1月25日2021WLJPCA01258002)と解されており、競業避止義務の目的を超える過度な制約は無効となります。
他方で、公正取引委員会の「フランチャイズ・システムに関する独占禁止法上の考え方」(いわゆる「フランチャイズ・ガイドライン」)において、「本部が加盟者に対して,特定地域で成立している本部の商権の維持,本部が加盟者に対して供与したノウハウの保護等に必要な範囲を超えるような地域,期間又は内容の競業禁止義務を課すこと。」とあるように、競業避止義務の目的を超える過度な制約は、優越的地位の濫用(独占禁止法2条9項5号)に該当し、独占禁止法に違反すると解されています。
フランチャイズ・ガイドラインの記載を受け、訴訟において、競業避止義務の有効性を争う側(主に加盟者)が、
フランチャイズ契約における競業避止義務は、優越的地位の濫用に該当し、独占禁止法に違反するものであるから、 公序良俗に反し無効である
との主張をすることがあります。そこで、
・ 優越的地位の濫用する競業避止義務は、常に、公序良俗に反するものとして無効となるのか
・ (無効にならないのであれば)優越的地位の濫用に該当する旨の主張をするメリットはあるのか
という疑問が生まれます。
この点につき参考となる裁判例を紹介します。なお、裁判例の紹介に際しては、優越的地位の濫用とフランチャイズ契約における競業避止義務の有効性に関する内容のみを抽出しており、この点と関連しない記載には言及していません。
東京地判平成31年3月26日2019WLJPCA03268027
事案の概要
「原告」は、寿司等のフランチャイズチェーンの本部を営む株式会社です。
「被告会社」は「飲食店業を営む株式会社」で、「被告Y1」は「被告会社の設立時以来の代表取締役」です。
「原告」と「被告会社」は、「原告をフランチャイザーとし,被告会社をフランチャイジーとして,原告が運営する寿司販売のフランチャイズチェーン(中略)に関するフランチャイズ契約(本件FC契約)を締結」しました。
このフランチャイズ契約において、「加盟店の契約終了後2年間,本件FC契約が解約によって終了した場合は最長で3年間,同一分野において競業する事業を行わない義務を負うこと」が定められていました。
「被告会社」と「原告」は、平成27年12月31日で「本件FC契約を解約・終了すること」を合意しましたが、「原告」は、「平成28年1月1日以降も,本件店舗において,「●●」の名称を用いて寿司店の営業を継続」しました。
そこで、「原告」は、「被告会社」及び「被告Y1」を相手方として、「平成30年12月31日まで,地域を問わず,寿司店の営業等をすることの差止め」と、「本件違約金条項に基づき算定された違約金」等を請求しました。
加盟者(「被告ら」)の主張
「公正取引委員会が公表している「フランチャイズ・システムに関する独占禁止法上の考え方について」によると,加盟者に対して,取引上優越した地位にある本部が,加盟者に対して,フランチャイズ・システムによる営業を的確に実施する限度を超えて,正常な商慣習に照らして不当に加盟者に不利益となるように取引の条件を設定し,若しくは変更し,又は取引を実施する場合には,フランチャイズ契約又は本部の行為は,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)2条9項5号に該当することがあり得るとして,その具体例として,「契約終了後の競業禁止について,本部が加盟者に対して,特定地域で成立している本部の商圏の維持,本部が加盟者に対して供与したノウハウの保護等に必要な範囲を超えるような地域,期間又は内容の競業禁止義務を課すこと」が指摘されている。」
「原告の各主張は,まさに優越的地位の濫用に該当し,独占禁止法に違反する。」
本部(「原告」)の主張
「仮に本件競業避止義務条項が,独占禁止法19条に違反するとしても,それは競業避止義務を課すことが行政取締規定に違反することを意味するにすぎず,直ちに本件競業避止義務条項が私法上無効となるわけではない。」
「また,本件競業避止義務条項は,特定地域で成立している原告の商圏を維持する目的があり,また,本件競業避止義務条項は,「寿しその他の飲食物類並びにこれに付随する商品の製造加工及び販売に関するノウハウ」というどの地域でも利用し得る情報の利用を制限する合理的なものであり,原告が被告会社に対して供与したノウハウの保護に必要な範囲での制限であるから,優越的地位の濫用に該当せず,独占禁止法に違反しない。」
裁判所の判断
「独占禁止法の趣旨や目的,同法2条9項所定の優越的地位の濫用などの不公正な取引方法が用いられた場合には,公正取引委員会が同法20条に基づき,必要な措置を命ずることができることなどを規定していることなどからすれば,本件競業避止義務条項が独占禁止法の同号に反することがあるとしても,当該条項が公序良俗に反する場合は別として,これにより当然に原告の請求が許されないことにはならず,本件競業避止義務条項の趣旨や合理性,これによるフランチャイジーたる被告会社の不利益の程度や本件競業避止義務条項の違反の態様等の具体的事案に応じて個別に検討し,その規定が公序良俗に反するか否かを検討すべきものと解される(最高裁昭和52年6月20日第二小法廷判決・民集31巻4号449頁参照)。」
「本件競業避止義務条項の趣旨は,福井県及び石川県における原告の商圏の維持にあると考えられる」
「原告は,(中略)全国的に一定の知名度があり,(中略)福井県及び石川県においても,相応の商圏を有していたといえる。」
「被告会社は,原告から少なくとも他店のメニューの提供を受けたり,その程度はともかくとして衛生面のチェックを受けたりするなど寿司という生鮮食料品を提供するためのノウハウ等を取得していると認められるところ,このようなノウハウ等は寿司等の飲食物の製造加工及び販売という事業形態に利用可能なものであることからしても,少なくとも被告会社が原告のフランチャイズ・システムを利用することにより原告の商圏が形成されていたと認められる石川県及び福井県において,原告が,被告会社に対して,寿司等原告の営業に属する分野において,本件FC契約に基づき競業避止義務を負わせること自体は合理性を有するものといえる。」
「そして,本件競業避止義務を負うことにより被告らが被る不利益について検討すると,確かに,本件競業避止義務条項は,地域を特定することなく,しかも,寿司類に限らず,飲食物類の製造加工及び販売を禁止するというものであり,その制限は極めて広範であり,これにより被告らが被る不利益の程度は軽視できない。」
「もっとも,(中略),被告会社は,本件FC契約終了後も本件店舗において,寿司店の営業を継続していることからすると,被告会社は,まさに原告のフランチャイズ・システムにより形成された原告の商圏において,原告の営業に属する分野の事業を行っているものといえるのであるから,原告が,本件店舗の運営に適用される限度では,本件競業避止義務条項が公序良俗に反するとは認められず,本件競業避止義務条項違反を理由とする損害賠償請求が許されないとまではいえない。
「そのため,本件競業避止義務条項が独占禁止法に反するため,原告の請求が許されないとの被告らの主張は採用できない。」
コメント
優越的地位の濫用と公序良俗違反の関係
「本件競業避止義務条項が独占禁止法の同号に反することがあるとしても,当該条項が公序良俗に反する場合は別として,これにより当然に原告の請求が許されないことにはならず,本件競業避止義務条項の趣旨や合理性,これによるフランチャイジーたる被告会社の不利益の程度や本件競業避止義務条項の違反の態様等の具体的事案に応じて個別に検討し,その規定が公序良俗に反するか否かを検討すべきものと解される」として、最高裁判例が引用されているとおり、優越的地位の濫用の濫用に該当し、独占禁止法違反となるからといって、常に、公序良俗に違反するものとして無効となるわけではありません。
多くは重複することになろうかとは思いますが、競業避止義務の有効性を争う側(主に加盟者)は、公序良俗違反を主張しなければなりません。
優越的地位の濫用を主張する意義
それでは、本件のような事例において、優越的地位の濫用を主張するメリットはないのでしょうか。
一般的に、法律行為の無効等を主張する民事訴訟において、優越的地位の濫用を主張する意義のある場合としては、
・ 「法律行為の無効や取消しを主張したい場合に、強迫や詐欺とまでは言えない場合でも、優越的地位の濫用を立証できれば、法律行為の無効が認められることが多いという点において、優越的地位の濫用を検討する意義がある。」
・ 「裁判所が優越的地位の濫用の成否について直接判断しない場合でも、公序良俗違反の規範的要件を解釈するに当たり、優越的地位の濫用の規制趣旨や考え方は参考になる」
・ (公序良俗違反とされる)「暴利行為と優越的地位の濫用とは一定程度重なり合う部分があると考えられるから、暴利行為の判断に当たっても、優越的地位の濫用の規制趣旨や考え方を参考にすることができる場合がある」
とされています(長澤哲也=多田敏明編著『類型別独禁民事訴訟法実務』345~346頁(有斐閣、2021年))。
以上からしますと、競業避止義務の有効性については、裁判例の積み重ねがあり、既に公序良俗に違反するために何を主張すべきか(規範的要件)は比較的明確になっていますので、「優越的地位の濫用に該当し、独占禁止法に違反する」という主張のインパクトの強さを超えた実益はあまりないように思います。
おわりに
以上、優越的地位の濫用とフランチャイズ契約における競業避止義務の有効性について、参考となる裁判例を紹介しました。