はじめに
(この記事は2021年5月27日に作成されたものです。)
多くのフランチャイザー(以下「本部」といいます。)は、加盟希望者に対し、フランチャイズ契約の締結前に、予想売上又は予想収益(以下「売上予測等」といいます。)を提示していますが、他方で、そうではない本部も相当数存在します。
それでは、本部は、フランチャイジー(以下「加盟者」といいます。)に対し、フランチャイズ契約の締結前に、売上予測等を提示する義務を負うのでしょうか。
この点につき参考となる令和の裁判例を紹介します。なお、裁判例の紹介に際しては、フランチャイズ契約の売上予測等の情報提供義務に関する内容のみを抽出しており、この点と関連しない記載には言及していません。
東京地判令和2年2月27日2020WLJPCA02278003
事案の概要
「原告」は、「歯科の分野における診療所・病院の経営及びエステティックサロンの経営に関するコンサルティング,医療及び美容サービスに関するフランチャイズ事業等を目的とする株式会社」であり、「歯のホワイトニング,リップエステ,口内のアロママッサージ及び口元のプラセンタ導入その他のデンタルエステサービス(すなわち,別紙営業目録記載1にいうデンタルエステサービス)を提供するフランチャイズチェーンシステム」を構築し、運営しています。
「被告」は、歯科医師であり、「原告」と「ホワイトエッセンス事業の展開に関するフランチャイズ加盟基本契約(本件FC契約)」を締結しました。
本件は、本部である「原告」が、加盟者である「被告」に対し、フランチャイズ契約の解除後も「被告」が「原告」と競合する事業を営んでいると主張して、フランチャイズ契約(競業避止義務条項)に基づき、新店舗での営業の差止め等を請求したところ、「被告」が、「原告」に対し、フランチャイズ契約の締結に際する情報提供義務違反を主張して、損害賠償を請求した事案です。
争点
売上予測等の情報提供義務の有無
加盟者の主張
「フランチャイザーは,フランチャイズ契約を締結するに当たって客観的な判断材料たる正確な情報を提供する信義則上の義務が存在するところ,原告は,被告に対して,本件FC契約の締結に当たって,フランチャイズ運営をした場合に見込まれる客観的かつ的確な損益予想を提供したこともなく,その前提として行うべき市場調査も行わなかった。」
本部の主張
「フランチャイザーは,フランチャイズ契約の締結又は契約内容変更の覚書(平成28年覚書)締結に当たって「フランチャイズ運営をした場合に見込まれる客観的かつ的確な損益予想」を提供する義務を負わない。また,原告が被告に対して売上げ及び損益の予想に関する情報を提供しないことは,本件契約書55条においても明記され,合意している。」
裁判所の判断
「(ア) 被告は,本件FC契約を締結するに際して,原告が,(被告において)フランチャイズ運営をした場合に見込まれる客観的かつ的確な損益予想を提供しなかったこと等をもって,原告に情報提供義務違反が認められる旨主張する。
(イ) 確かに,フランチャイズ契約は,フランチャイザーが,フランチャイジーに,一定の地域内で自己の商標等を使用する権利やノウハウ等を与えるとともに,フランチャイジーの事業について,統一的な方法で統制,指導等を行い,これらの対価としてフランチャイジーがフランチャイザーに金銭を支払うことなどを内容とする契約であり,通常は,フランチャイズシステムを構築したフランチャイザーに当該システムに関する情報が偏在しているといえるから,一般に,フランチャイザーは,フランチャイジーになろうとする者に対し,フランチャイズシステムに加盟し,運営していく場合に要する費用等を含む(フランチャイズ契約における)主要な取引条件等について,当該契約を締結するか否かの判断をするために必要な客観的かつ正確な情報を提供する信義則上の義務を負うものと解される。
(ウ) もっとも,フランチャイジーは,フランチャイザーとは独立した事業者であり,最終的にフランチャイズ契約を締結するか否かについて,(フランチャイザーから説明を受けた)取引条件等を踏まえて自己の責任において決定すべき立場にあること,売上げや損益の予測は変動要素が少なくないため,それらについて正確なものを提示することが難しいものであり,現に,前記前提事実(2)イ(ス)記載のとおり,本件契約書55条においても,原告が被告に対して一切の売上げ及び利益の予測をしないことが明記されていることからすると,フランチャイザーが,フランチャイジーになろうとする者の求めに応じるなどして,契約の締結に際して売上げや損益の予想に係る情報を提供する場合にその算定根拠等について適切な説明が求められることは別論として,そのような場合でない本件において,原告が,積極的に市場を調査するなどして,売上げや損益の予想に関する客観的かつ正確(的確)な情報を被告に提供することまでの信義則上の義務は負っていないというべきである。この点,被告が引用する一般社団法人日本フランチャイズチェーン協会の倫理綱領(乙21)に「フランチャイザーは,フランチャイジーの募集にあたって,正確な情報の提供を行うものとし,誇大な広告や不当な表示をしない。フランチャイザーがフランチャイジーとなることを希望するものに提供する情報は,契約の内容,モデル店の過去の営業実績,フランチャイジーが必要とする投資額,フランチャイジーの収益予想など,フランチャイズを受けるか否かを判断するのに十分な内容を備えたものとする。」との記載はあるが,売上げや損益の予想に関する上述した問題点があることに照らせば,上記の倫理綱領の記載をもって,直ちに,フランチャイズ契約を締結するに当たり,フランチャイザーに,常に,上記の予測に関する情報を(フランチャイジーとなろうとする者に)提供すべき法的な義務があるとまではいえない。」
コメント
本部が加盟者に対して売上予測等を提供しなかった場合に、本部が「契約締結に関して的確な判断ができるよう客観的かつ正確な情報を提供する」義務に違反したか否かが問題となります。
そして、売上予測等の情報提供義務については、
- 消極的情報提供義務のみならず、積極的情報提供義務まで負うか
が問題となります。
ここでいう「消極的情報提供義務」とは、
- 本部が加盟者に対して売上予測等を提供しなくともよいが、提供する場合には、提供した売上予測等は「客観的かつ正確な情報」でなければならない
とするもので、反対に、「積極的情報提供義務」とは、
- 本部が加盟者に対して(客観的かつ正確な)売上予測等を提供しなければならない(提供しないことが許されない)
とするものです。
結論としては、
ケースバイケースではあるが、積極的情報提供義務が認められるハードルは高い
というのが、現在の裁判実務の整理であると思います。
本件においても、
「フランチャイザーが,フランチャイジーになろうとする者の求めに応じるなどして,契約の締結に際して売上げや損益の予想に係る情報を提供する場合にその算定根拠等について適切な説明が求められることは別論として,そのような場合でない本件において,原告が,積極的に市場を調査するなどして,売上げや損益の予想に関する客観的かつ正確(的確)な情報を被告に提供することまでの信義則上の義務は負っていないというべきである。」
と判示されているとおり、消極的情報提供義務は認められましたが、積極的情報提供義務までは認められませんでした。
その理由として、本件においては、
「フランチャイジーは,フランチャイザーとは独立した事業者であり,最終的にフランチャイズ契約を締結するか否かについて,(フランチャイザーから説明を受けた)取引条件等を踏まえて自己の責任において決定すべき立場にあること」
「売上げや損益の予測は変動要素が少なくないため,それらについて正確なものを提示することが難しいものであり,現に,前記前提事実(2)イ(ス)記載のとおり,本件契約書55条においても,原告が被告に対して一切の売上げ及び利益の予測をしないことが明記されていること」
が挙げられています。
事案により大きな差が生じ得るのは後者であり、例えば、
業界が成熟しており、本部の知識、経験からすれば、ある程度正確な売上予測等を提示することができる
といった事情がある場合には、例外的に積極的情報提供義務まで認められる可能性があるように思います。
おわりに
以上、フランチャイズ契約の売上予測等の情報提供義務について、参考となる令和の裁判例を紹介しました。