フランチャイズ裁判例

フランチャイジーによる仮差押命令申立ての違法性【fc-cases #22】

はじめに

(この記事は2021年6月21日に作成されたものです。)

フランチャイジー(以下「加盟者」といいます。)は、フランチャイザー(以下「本部」といいます。)が情報提供義務に違反しているなどと考えた場合、本部に対し、損害賠償請求を検討します。

本部との交渉が成立しない場合、加盟者は、本部を相手方とする損害賠償請求訴訟を提起することになりますが、本部の経済的状況次第では、事前に、本部の預貯金債権等の財産を仮に差し押さえる仮差押命令の申立てを検討することになります。

首尾よく仮差押命令が発令され、本部の預貯金債権等の財産が仮に差し押さえられると、本部は、預貯金を引き出したりするなど、当該財産を処分等することができなくなります。

その後、加盟者は、本部を相手方とする損害賠償請求訴訟を提起し、当該訴訟において、最終的に加盟者が主張する損害賠償請求権の有無が判断されますが、その結果、加盟者の請求が棄却されることにがあります。

この場合、本部から見ると、加盟者は、本部に対する損害賠償請求権を有していなかったにもかかわらず、これがあると主張して、本部の財産を仮に差し押さえ、それにより、本部は、当該財産を処分等できなくなったことになります。

そこで、本部は、加盟者による仮差押命令の申立てが違法なものであったとして、加盟者に対し、被った損害の賠償を請求できるのでしょうか。

この点につき参考となる令和の裁判例を紹介します。なお、裁判例の紹介に際しては、加盟者による仮差押命令申立ての違法性に関する内容のみを抽出しており、この点と関連しない記載には言及していません。

東京地判令和2年12月25日2020WLJPCA12258015

事案の概要

「被告」は、加盟者であり、「学習塾の経営等を目的とする特例有限会社」です。

 「a社」は、本部であり、「インターナショナルスクールの経営,フランチャイズシステムによる加盟店募集及び加盟店の経営指導等を目的とする株式会社」であり、「幼児向け英語教室の運営に関する事業」を営んでいました。

「原告」は、「a社の従業員で,同社のフランチャイズ事業部門を統括」していました。

「a社」は、「被告との間で,被告をフランチャイジー,a社をフランチャイザーとして,幼児向け英語教室の運営に関するフランチャイズ契約(以下「本件フランチャイズ契約」という。)を締結し」、「本件フランチャイズ契約が締結される過程で,原告は,a社の担当者として,被告の担当者に対し,フランチャイズシステムの説明や資料の交付等を行」いました。

「被告」は、「原告が,本件フランチャイズ契約の締結に関して,情報提供義務等に違反した詐欺行為を行い,被告をしてフランチャイズ契約代金等を支払わせたものであり,原告に対して不法行為に基づく損害賠償請求権」を有すると主張して、「原告」の預貯金口座の債権仮差押命令申立てを行い、その結果、仮差押命令が発令されました。

その後、「被告」は、この仮差押命令申立ての本案訴訟として、「原告」及び「a社」らを相手方とする訴訟を提起しました。

当該本案訴訟において、裁判所は、「本件被保全債権である原告の詐欺的勧誘行為及び情報提供義務違反を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権について成り立つ余地がないなどとして,被告の原告に対する請求について請求を棄却する等の判決をし」ました。

争点

仮差押命令申立ての違法性

本部従業員(「原告」)の主張

「 本件被保全債権の存在は本件本案訴訟において明確に否定されており,本件各申立ては理由のないものであって,違法である。」

加盟者(「被告」)の主張

「次の事情からすれば,被告が,本件各申立ての当時,本件被保全債権が存在すると判断したことには相当の理由があり,本件各申立ては違法ではない。」

「ア 原告は,本件フランチャイズ契約に至る過程において,a社のフランチャイズ部門の統括者として,専ら被告との契約交渉に当たっていたから,信義則上,原告も被告に対して情報提供義務を負うと考えられた。」

「イ 原告は,本件フランチャイズ契約に至る過程において,被告に対し,売上予想,生徒の集客予想等について,合理性に欠け,不正確な集客予測を示したものであり,本件本案訴訟の第一審判決も,原告が被告に示した収支予測は粗略で完成度の低いものであったと認定している。原告の上記行為が違法と判断されなかったのは,当該収支の作成時点では正確な予測を行うための条件が確定していなかったため,当該収支予測に高度の正確性を求めることはできないという理由からであるが,これは本件本案訴訟において詳細な事実関係が確定しなければ判断できない事柄である。

「ウ 原告が被告の担当者に交付したパンフレットや資料には虚偽内容の記載があり,本件本案訴訟の第一審判決もこれを認め,情報提供義務違反が成立するというべきと判断している。原告の不法行為が認められなかった理由は,上記情報提供義務違反と被告の本件フランチャイズ契約の意思表示との間に因果関係がないと認められないことが理由とされているが,これは本件本案訴訟において詳細な事実関係が確定しなければ判断できない事柄である。

裁判所の判断

「仮処分命令が,その被保全権利が存在しないために当初から不当であるとして取り消された場合において,上記命令を得てこれを執行した仮処分命令の申立人が上記の点について故意または過失のあったときは,当該申立人は民法709条により,相手方がその執行によって受けた損害を賠償すべき義務があるものというべきである。そして,一般に,仮処分命令が異議もしくは上訴手続において取り消され,あるいは本案訴訟において原告敗訴の判決が言い渡され,その判決が確定した場合には,他に特段の事情のないかぎり,当該仮処分命令の申立人において過失があったものと推認するのが相当である(最高裁昭和43年(オ)第260号同43年12月24日第三小法廷判決・民集22巻13号3428頁)。この理は仮差押命令を得た者が,本案訴訟において敗訴し,その判決が確定した後,仮差押命令の申立てを取り下げた場合においても異なることはない。」

「そして,前提事実のとおり,被告は,本件申立て1を行って本件仮差押命令1を,本件申立て2を行って本件仮差押命令2をそれぞれ得た後,本件本案訴訟において敗訴し,その判決が確定した後,本件各仮差押命令の申立てを取り下げたのであるから,特段の事情がない限り,過失があったものと推認されることになる。」

「被告が主張するように,原告の被告に対する本件フランチャイズ契約に関する説明等に違法ないし不当と考えられる点があっても,それだけで当然に原告個人について被告に対する不法行為が成立するものでなく,被告がそのように判断したことが相当とはいえない。また,本件本案訴訟及びその控訴審において,本件被保全債権の存否の判断の基礎とされた事情は,被告の担当者らが体験した事実や本件各申立て以前に認識可能な情報が中心であるから(甲4,5),被告が本件各申立ての時点で原告の行為の違法性や損害との因果関係といった原告個人の不法行為に基づく損害賠償請求権の要件について判断することは可能であったというべきである。そうすると,本件被保全債権の存否が本件本案訴訟の結果を待たなければ判断不可能であったとはいえない。

「以上からすれば,被告が主張する内容は上記特段の事情には当たらないというべきであるから,被告の主張は上記採用できない。その他の被告の主張について,上記判断に反するものはすべて採用できない。」

コメント

仮差押命令も裁判所が疎明資料を見て発令したものではありますが、申立人が、仮差押命令申立ての本案訴訟において敗訴すると、他に特段の事情のないかぎり、過失があったものと推認されるのが、確立した裁判実務となっています。

この「特段の事情」として、「本件被保全債権の存否が本件本案訴訟の結果を待たなければ判断不可能であった」ことが考えられ、特に、本件において問題となった情報提供義務違反による損害賠償請求権の有無は、事実関係については理解していても、その有無は法的判断であるため、事前に加盟者においてその有無を判断することは非常に難しい問題です。

しかし、本件において、「本件被保全債権の存否の判断の基礎とされた事情は,被告の担当者らが体験した事実や本件各申立て以前に認識可能な情報が中心であるから(甲4,5),被告が本件各申立ての時点で原告の行為の違法性や損害との因果関係といった原告個人の不法行為に基づく損害賠償請求権の要件について判断することは可能であった」と判示されているとおり、裁判所は、(事実関係について理解しておれば)法的判断の誤りの責任は、申立人(本件では加盟者)が負うべきであると考えています。

本件においては、本部の従業員の預貯金口座を仮差押えしたものであり、その損害も運用利益相当額 として6863円に留まりましたが、これが本部の取引口座であり、取引口座の仮差押えにより本部が取引先への支払を遅延し、契約を解除され、多額の損失を被ったような事案では、損害賠償の金額も大きなものになっていた可能性があります。

仮差押えを申し立てるか否かの判断は、弁護士とよく相談することがほとんどのケースではあろうかと思いますが、その判断は以上の点も踏まえ、慎重に行う必要があります。

おわりに

以上、加盟者による仮差押命令申立ての違法性につき参考となる令和の裁判例を紹介しました。