はじめに
(この記事は2021年3月21日に作成されたものです。)
フランチャイズ関連事業の依頼者から、店舗駐車場の賃借権の保護について相談を受けることがあります。借地借家法を形式的に適用するだけでは結論を誤る可能性がありますので、以下の事例を前提に判例を紹介させていただき、そのうえで第三者側、賃借人側それぞれの留意点を説明させていただきます。
事例
ある事業者が、店舗の敷地と(隣接はするが)異なる土地(以下「隣接地」といいます。)を賃借し、隣接地を店舗駐車場として使用しているとします。なお、店舗の敷地と隣接地の各所有者は異なるものとします。
今般、隣接地の所有者(賃貸人)は、隣接地を第三者に売却しました。第三者は、当該事業者(賃借人)に対し、隣接地を明け渡すよう請求しました。
この場合、当該事業者(賃借人)は、第三者に隣接地を明け渡す義務を負うのでしょうか。
結論
権利濫用法理により、当該事業者(賃借人)が隣接地の明渡義務を負わない、と判断される可能性があります。
借地借家法による保護の有無
民法は、「不動産の賃貸借は、これを登記したときは、その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。」と規定しています(民法605条)。要するに、賃借人が賃借権の登記を具備した場合、賃借人は、新所有者(第三者)から土地を明け渡すように請求されても、賃借権を主張し、これを拒否することができます。
隣接地の賃借権の登記を具備しておれば、当該事業者(賃借人)は、第三者に対し、隣接地の賃借権を主張することができますので、第三者に隣接地を明け渡す義務を負いません。
しかし、実務上賃借権の登記が具備されることは少なく、具備されていない場合、当該事業者(賃借人)は、新所有者(第三者)に対し、民法605条の対抗要件の具備を主張することはできません。
次に、借地借家法は、「借地権は、その登記がなくても、土地の上に借地権者が登記されている建物を所有するときは、これをもって第三者に対抗することができる。」と規定しています(借地借家法10条1項)。要するに、建物の所有者として登記されている場合、建物の敷地の借地権者は、敷地の新所有者(第三者)から敷地を明け渡すように請求されても、敷地の「借地権」を主張し、これを拒否することができます。
この「借地権」は、借地借家法において「建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権」であると定義されています(借地借家法2条1号)。
隣接地の賃貸借契約は、駐車場として使用するために締結されたものですので、「建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権」であるとはいえず、「借地権」には該当しません。
したがって、隣接地の賃借権は、借地借家法の保護を受けることはなく、当該事業者(賃借人)は、新所有者(第三者)に借地借家法10条1項の対抗要件の具備を主張することはできません。
権利濫用法理による制限
そうすると、常に、当該事業者(賃借人)は、第三者に隣接地を明け渡し、駐車場を失うことになるのでしょうか。
土地Aと土地Bの賃借人は、ガソリンスタンドの営業のために、土地A上に登記された建物を所有し、これを店舗等として利用していました。また、賃借人は、土地Aに隣接する土地B上には、未登記の簡易なポンプ室や給油設備等を設置していました。そのような状況において、土地Aと土地Bを購入した第三者が、賃借人に対し、土地Bの明渡しを求めた事案において、最判平成9年7月1日民集51巻6号2251頁は、第三者による当該請求が権利の濫用に当たると判断しました。
最判平成9年7月1日民集51巻6号2251頁は、「建物の所有を目的として数個の土地につき締結された賃貸借契約の借地権者が、ある土地の上には登記されている建物を所有していなくても、他の土地の上には登記されている建物を所有しており、これらの土地が社会通念上相互に密接に関連する一体として利用されている場合においては、借地権者名義で登記されている建物の存在しない土地の買主の借地権者に対する明渡請求の可否については、双方における土地の利用の必要性ないし土地を利用することができないことによる損失の程度、土地の利用状況に関する買主の認識の有無や買主が明渡請求をするに至った経緯、借地権者が借地権につき対抗要件を具備していなかったことがやむを得ないというべき事情の有無等を考慮すべきであり、これらの事情いかんによっては、これが権利の濫用に当たるとして許されないことがあるものというべきである。」と判示しました。
当該事業者(賃借人)が店舗の建物について登記を具備しており、実際に隣接地が店舗駐車場として使用されており、店舗の敷地と「共に営業の用に供されていた」と評価できる場合には、隣接地は店舗の敷地と「社会通念上相互に密接に関連する一体として利用されている場合」に該当すると評価されることになります。
そのうえで、新所有者(第三者)による隣接地の明渡請求が権利濫用に該当するか否かは、
- 隣接地(駐車場)を利用できない場合に店舗の営業の継続が事実上不可能となるか否か
- 新所有者(第三者)に土地の利用の具体的な計画が存在するか否か
- 新所有者(第三者)が当該計画を実行できないことにより失う損失の有無及び金額
- 新所有者(第三者)が隣接地の利用状況の認識の有無及び当該認識を前提に隣接地の明渡請求に及んだ経緯
が重要な事実となろうかと思います。
なお、最判平成9年7月1日民集51巻6号2251頁は、考慮すべき事項として、「借地権者が借地権につき対抗要件を具備していなかったことがやむを得ないというべき事情の有無」を挙げています。これは、同判例が土地B上の簡易なポンプ室について、「これを独立の建物としての価値を有するものとは認めず、登記手続を執らなかったことについては、やむを得ないと見るべき事情があったものということができる。」と判示していることからも、問題となるのは隣接地に登記可能な建物があり、前記借地借家法10条1項の対抗要件を具備することが考えられる事例に限られます。要するに、隣接地に登記可能な建物がない場合に、土地の賃借権の登記(前記民法605条の対抗要件)を具備しなかったことを問題とするものではありません。
賃貸借契約書における留意点
第三者の留意点
以上のように、店舗の隣接地が店舗駐車場として利用されている場合、隣接地の賃貸借契約自体は借地借家法による保護を受けずとも、その更新拒絶が権利濫用法理により制限されることがあります。
したがって、第三者が隣接地の取得を検討する際には、隣接地の賃貸借契約だけではなく、店舗駐車場としての利用実態と(可能であれば)店舗の敷地の賃貸借契約の確認をすることが重要となります。
賃借人の留意点
賃借人としては、第三者による明渡請求が権利濫用法理により制限される可能性を高めることを検討することになります。
具体的には、店舗の敷地の賃貸借契約と隣接地の賃貸借契約が「社会通念上相互に密接に関連する一体として利用されている」との評価を受けるようにする必要があります。
重要であるのは実際の利用実態ではありますが、契約書において「賃貸人と賃借人は、本件土地を、賃借人が●●の営業のために、本件土地に隣接する●●所在の土地と一体として使用することを確認する。」といった文言を挿入することが考えられます。
このようにすることで、隣接地の購入を検討している第三者に対し、事前に隣接地が店舗の敷地と一体として使用されていることを認識させることができ、土地取得後の紛争を予防することができますし、仮に紛争が生じた場合でも、賃借人としては、第三者がこの点を認識していたはずであると主張できる事情にもなります。
おわりに
以上、店舗駐車場の所有者を取得した第三者の明渡請求との関係での店舗駐車場の賃借権の保護について説明しました。