はじめに
(この記事は2021年5月24日に作成されたものです。)
経済産業省商務情報政策局サービス政策課「フランチャイズ・チェーン事業経営実態調査報告書」(平成20年3月)によりますと、
「売上・収益の予測を契約前に加盟候補者に対して伝えているか」とのアンケート結果は、
- 「伝えている」 81.7%
- 「伝えていない」 14.9%
- 「無回答」 3.3%
となっています(13頁・「全体」)。
また、「売上・収益の予測を加盟候補者に伝える時期」とのアンケート結果は、
- 「加盟候補者が加盟の関心を示した後」 58.4%
- 「加盟候補者が加盟の意思表示を明確に示した後」 32.0%
- 「契約の締結後」 2.0%
- 「その他」 6.1%
- 「無回答」 1.5%
となっています(13頁・「全体」)。
やや古いデータではありますが、多くのフランチャイザー(以下「本部」といいます。)が、加盟希望者に対し、フランチャイズ契約の締結前に、予想売上又は予想収益(以下「売上予測等」といいます。)を提示していることが分かりますが、他方で、そうではない本部も相当数存在することも分かります。
それでは、本部は、加盟者に対し、フランチャイズ契約の締結前に、売上予測等を提供する義務を負うのでしょうか。
以下、フランチャイズ契約の売上予測等の情報提供義務について説明します。
信義則上の情報提供義務
裁判例は、「一般に,フランチャイズ事業においては,フランチャイザーは当該事業に関し十分な知識と経験を有しているのに対し,フランチャイジーになろうとする者は,当該事業に対する知識も経験もなく,情報も有していないことが通常である。したがって,フランチャイザーは,フランチャイジーになろうとする者に対し,契約締結に関して的確な判断ができるよう客観的かつ正確な情報を提供するとともに,フランチャイジーが当該事業を適切に運営できるよう,指導,支援すべき信義則上の義務を負うというべきである。」(東京地判令和元年12月11日2019WLJPCA12118013等)と解しています。
したがって、加盟者がフランチャイズ事業について「知識も経験もなく,情報も有していない」ような場合には、本部は、加盟者に対し、加盟者募集の段階でも、信義則上の情報提供義務(裁判例によっては「保護義務」と表現されることもあります。)を負うことになります。
積極的情報提供義務と消極的情報提供義務
本部が加盟者に対して売上予測等を提供しなかった場合に、本部が「契約締結に関して的確な判断ができるよう客観的かつ正確な情報を提供する」義務に違反したか否かが問題となります。
そして、売上予測等の情報提供義務については、
- 消極的情報提供義務のみならず、積極的情報提供義務まで負うか
が問題となります。
ここでいう「消極的情報提供義務」とは、
- 本部が加盟者に対して売上予測等を提供しなくともよいが、提供する場合には、提供した売上予測等は「客観的かつ正確な情報」でなければならない
とするもので、反対に、「積極的情報提供義務」とは、
- 本部が加盟者に対して(客観的かつ正確な)売上予測等を提供しなければならない(提供しないことが許されない)
とするものです。
結論としては、
ケースバイケースではあるが、積極的情報提供義務が認められるハードルは高い
というのが、現在の裁判実務の整理であると思います。
積極的情報提供義務まで認めた裁判例としては、例えば、福岡高判平成18年1月31日裁判所ウェブサイトがあり、この裁判例では、
「契約締結に向けた準備段階において、フランチャイザーは、出店予定者に対し、フランチャイズ契約を締結してフランチャイジーになるかどうかの判断材料たる情報(その核心部分は、対象店の売上や収益の予測に関するものである。)を、適時に、適切に提供すべき義務があり、また、当然のことながら、その情報はできる限り正確なものでなければならないというべきである。それは、フランチャイザー側は予めこの関係の情報を収集し、分析等もしているのに対し、出店予定者側は原則として何らの情報も持たないばかりか、多くの場合はフランチャイズチェーンシステムそのものについても知識・経験を有しないのであり、出店予定者が契約締結に踏み切るかどうかの判断材料としては、フランチャイザーから提供される情報以外にはないというのが実情だからである。」
と判示されました。
このような裁判例を踏まえた、裁判実務については、
ここに出てくる裁判例ではいずれの事案でも何らかの形で予測売上高が提示されているので、裁判所としては消極的情報提供義務を問題にすれば足りたはずです。ただ、これらの事案ではフランチャイザーの担当者の説明不足や情報の秘匿が争点となったため、裁判所としては、そうした事情を詳細に審査するために、例外的に売上予測にまで積極的情報提供義務を認めたものと思われます。
神田孝『〔改訂版〕フランチャイズ契約の実務と書式』68頁(三協法規出版、平成30年)
しかし、前述のとおり、架空ないし誇張された売上予測を提示したり、合理的な売上予測を実施することができないフランチャイザーが存在することや、売上予測には限界があることを考慮すると、売上予測に関する情報を積極的に提供する義務を否定することにも相応の理由があり、今後、裁判所が売上予測の提示がなされなかった事例において、信義則上の情報提供義務違反を肯定する可能性は相当に低いのではないかと推測されます。
遠藤隆『フランチャイズ契約の実務と理論』374頁(日本法令、平成28年)
といった整理がなされています。
積極的情報提供義務が認められるハードルが高いとはいえ、認められる可能性があることには注意が必要です。
積極的情報提供義務まで認めた近時の裁判例としては、東京地判令和元年12月11日2019WLJPCA12118013があります。この裁判例は、
「一般に,フランチャイズ事業においては,フランチャイザーは当該事業に関し十分な知識と経験を有しているのに対し,フランチャイジーになろうとする者は,当該事業に対する知識も経験もなく,情報も有していないことが通常である。したがって,フランチャイザーは,フランチャイジーになろうとする者に対し,契約締結に関して的確な判断ができるよう客観的かつ正確な情報を提供するとともに,フランチャイジーが当該事業を適切に運営できるよう,指導,支援すべき信義則上の義務を負うというべきである。そうであるところ,本件では,被告Y1は,原告との個人的な交流を重ねる中で,被告Y1自ら原告を勧誘したこと,かかる個人的な交流を背景としているゆえ原告の意思決定は被告Y1の言動に依拠せざるを得ない状況にあったこと,原告に店舗経営の知識も経験もないことを十分知っていたといえること,さらには被告会社の代表取締役という立場にあり,情報提供や指導,支援を行うことが事実上可能であったことも踏まえれば,被告Y1自身,原告に対し,原告が不測の不利益を被らないよう,事前に必要な情報を提供し,適切な指導,支援をすべき信義則上の義務を負っていたというべきである。」
と判示しています。
「個人的な交流を背景」に加盟希望者の意思決定が本部の代表者の言動に依拠せざるを得ないという特段の事情がありましたが、この裁判例のような事情がある場合は積極的情報提供義務まで認められる可能性がある、といことには注意が必要となります。
おわりに
以上、フランチャイズ契約の売上予測等の情報提供義務について説明しました。