はじめに
(この記事は2021年4月9日に作成されたものです。)
中小小売商業振興法11条1項の「特定連鎖化事業」に該当するフランチャイズ事業を展開している本部は、加盟者に対し、法定開示書面の交付とその説明を行わなければなりません。そして、法定開示書面の記載事項は中小小売商業振興法11条1項と同施行規則10条・11条に列挙されています。
他方で、公正取引委員会は、「フランチャイズ・システムに関する独占禁止法上の考え方について」(以下「フランチャイズガイドライン」といいます。)において、本部が、加盟者に対し、加盟者の募集に当たり、「重要な事項」について十分な開示を行わなかった場合、ぎまん的顧客誘引(独占禁止法19条、2条9項6号ハ及び一般指定8項)に該当し得るとし、「重要な事項」の例を示しています。
そこで、法定開示書面の記載事項のみを正確に開示しておけば、フランチャイズガイドラインの「重要な事項」を十分に説明したことになり、およそぎまん的顧客誘引には該当しないのでしょうか。
そこで、以下、ぎまん的顧客誘引、フランチャイズガイドラインの「重要な事項」の例示と法定開示書面の記載事項との関係について整理します。
ぎまん的顧客誘引
ぎまん的顧客誘引の要件
ぎまん的顧客誘引は、「自己の供給する商品又は役務の内容又は取引条件その他これらの取引に関する事項について、実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客に誤認させることにより、競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引すること。」(一般指定8項)と定義されています。
整理をすると、以下のとおりとなります。
- 自己の供給する商品又は役務の内容又は取引条件その他これらの取引に関する事項について
- 実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客に誤認させる
- ②により競争者の顧客を自己と取引するように誘引すること
- ③の誘引が「不当に」と評価されるものであること
①は、誤認の対象となる事項について記載したものですが、「その他これらの取引に関する事項」にすら該当しない事項はあまり想定できませんので、①に該当するか否かが問題となることは少ないと思われます。
②は、「著しく」とあるのは、(事業者が顧客を誘引するために一般に許容される程度の誇張・誇大が存在することを前提に)その誤認がなければ顧客が誘引されることは通常ないであろうと認められる程度のものであることを要することを意味すると解されています(菅久修一編著『独占禁止法〔第4版〕』171~172頁(商事法務、2020年)参照)。
④は、②を満たすような場合は、通常、公正な競争を阻害するおそれがあるとして、「不当に」と評価されます(公取委審判審決平成3年11月21日審決集38巻3頁参照)。
フランチャイズガイドラインの例示
フランチャイズガイドラインは、ぎまん的顧客誘引に該当するか否かについては、「例えば、次のような事項を総合勘案して、加盟者募集に係る本部の取引方法が、実際のものよりも著しく優良又は有利であると誤認させ、競争者の顧客を不当に誘引するものであるかどうかによって判断される。」として、
- 「予想売上げ又は予想収益の額を提示する場合、その額の算定根拠又は算定方法が合理性を欠くものでないか。また、実際には達成できない額又は達成困難である額を予想額として示していないか。」
- 「ロイヤルティの算定方法に関し、必要な説明を行わないことにより、ロイヤルティが実際よりも低い金額であるかのように開示していないか。例えば、売上総利益には廃棄した商品や陳列中紛失等した商品の原価(以下「廃棄ロス原価」という。)が含まれると定義した上で、当該売上総利益に一定率を乗じた額をロイヤルティとする場合、売上総利益の定義について十分な開示を行っているか、又は定義と異なる説明をしていないか。」
- 「自らのフランチャイズ・システムの内容と他本部のシステムの内容を、客観的でない基準により比較することにより、自らのシステムが競争者に比べて優良又は有利であるかのように開示をしていないか。例えば、実質的に本部が加盟者から徴収する金額は同水準であるにもかかわらず、比較対象本部のロイヤルティの算定方法との差異について説明をせず、比較対象本部よりも自己のロイヤルティの率が低いことを強調していないか。」
- 「フランチャイズ契約を中途解約する場合、実際には高額な違約金を本部に徴収されることについて十分な開示を行っているか、又はそのような違約金は徴収されないかのように開示していないか。」
を挙げていますので、特に、本部としては、これらの例示に該当するような開示をしていないかは注意する必要があります。
「重要な事項」の例示と法定開示書面の記載事項との関係
フランチャイズガイドラインの「重要な事項」として例示されている事項に対応する法定開示書面の記載事項は、以下のとおりです。
フランチャイズガイドライン | 中小小売商業振興法 |
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加盟後の商品等の供給条件に関する事項 (仕入先の推奨制度等) | 加盟者に対する商品の販売条件に関する事項 ①加盟者に販売し、又は販売をあつせんする商品の種類 ②当該商品の代金の決済方法 |
加盟者に対する事業活動上の指導の内容、方法、回数、費用負担に関する事項 | 経営の指導に関する事項 ①加盟に際しての研修又は講習会の開催の有無 ②加盟に際して研修又は講習会が行われるときは、その内容 ③加盟者に対する継続的な経営指導の方法及びその実施回数 |
加盟に際して徴収する金銭の性質、金額、その返還の有無及び返還の条件 | 加盟に際し徴収する加盟金、保証金その他の金銭に関する事項 ①徴収する金銭の額又は算定方法 ②加盟金、保証金、備品代その他の徴収する金銭の性質 ③徴収の時期 ④徴収の方法 ⑤当該金銭の返還の有無及びその条件 |
加盟後、本部の商標、商号等の使用、経営指導等の対価として加盟者が本部に定期的に支払う金銭(以下「ロイヤルティ」という。)の額、算定方法、徴収の時期、徴収の方法 | 加盟者から定期的に徴収する金銭に関する事項 ①徴収する金銭の額又は算定に用いる売上、費用等の根拠を明らかにした算定方法 ②商号使用料、経営指導料その他の徴収する金銭の性質 ③徴収の時期 ④徴収の方法 |
本部と加盟者の間の決済方法の仕組み・条件、本部による加盟者への融資の利率等に関する事項 | 加盟者に対する金銭の貸付け又は貸付けのあつせんを行う場合にあつては、当該貸付け又は貸付けのあつせんに係る利率又は算定方法その他の条件 |
事業活動上の損失に対する補償の有無及びその内容並びに経営不振となった場合の本部による経営支援の有無及びその内容 | |
契約の期間並びに契約の更新、解除及び中途解約の条件・手続に関する事項 | 契約の期間並びに契約の更新及び解除に関する事項 ①契約の期間 ②契約更新の条件及び手続き ③契約解除の要件及び手続き ④契約解除によつて生じる損害賠償金の額又は算定方法その他の義務の内容 |
加盟後、加盟者の店舗の周辺の地域に、同一又はそれに類似した業種を営む店舗を本部が自ら営業すること又は他の加盟者に営業させることができるか否かに関する契約上の条項の有無及びその内容並びにこのような営業が実施される計画の有無及びその内容 | 当該特定連鎖化事業を行う者が、加盟者の店舗の周辺の地域において当該加盟者の店舗における小売業と同一又はそれに類似した小売業を営む店舗を自ら営業し又は当該加盟者以外の者に営業させる旨の規定の有無及びその内容 |
このように、法定開示書面の記載事項は、必ずしもフランチャイズガイドラインの「重要な事項」として例示されている事項を完全に網羅しているわけではありません。
そうである以上、本部としては、加盟者に対し、法定開示書面の記載事項のみを正確に開示すれば、およそぎまん的顧客誘引には該当しない、ということにはなりません。
特に、「本部と加盟者の間の決済方法の仕組み・条件」、「事業活動上の損失に対する補償の有無及びその内容並びに経営不振となった場合の本部による経営支援の有無及びその内容」といった事項については、加盟者との間に認識の齟齬があるとトラブルに発展し易いため、本部としては、これらの事項についても適切に説明することが望ましいと考えられます。
結局のところ、本部としては、法定開示書面の記載事項だけでなく、フランチャイズガイドラインも理解したうえで加盟者への説明を構成することが望ましく、反対に、加盟者としても、法定開示書面の記載事項のみに着目するのではなく、フランチャイズガイドラインも理解したうえで、フランチャイズ契約の内容を十分に理解することが必要になります。
おわりに
以上、ぎまん的顧客誘引、フランチャイズガイドラインが例示する「重要な事項」と法定開示書面の記載事項との関係について整理しました。