社会人の教養

社会人の教養としての法律知識【liberal-arts #2 内定】

はじめに

(この記事は2021年4月8日に作成されたものです。)

会社に就職する形で社会人となる方の多くは、会社による採用の募集に応募し、採用試験に合格し、(内々定を経て)内定をもらい、入社に至る、という過程を経ます。

それでは、内々定、内定とは、法律的にはどのような意味を持つでしょうか。

入社に至れば問題となることはありませんが、時に、会社(人事担当者)として内定等の取消しを検討しなければならない場合、反対に、内定者等が内定等の辞退を検討しなければならない場合があり、内定等が法律的にどのような意味を持つのかを理解していないと、思わぬトラブルに発展することがあります。

内定

内定の法的性質

内定について、いわゆる労働関連法(労働基準法や労働契約法等)に定めはありません。

そこで、判例は、会社が、内定者に対し、内定通知書(採用通知書等名称を問いません)の他に、労働契約を締結するための通知(意思表示)を予定していないケースでは、内定通知書の受領をもって、会社と従業員との間に始期付解約権付労働契約が成立していると解しています(最判昭和54年7月20日民集33巻5号582頁、最判昭和55年5月30日民集34巻3号464頁)。

要するに、会社による採用の募集に対し、内定者が応募したことは、労働契約の申込みであり、これに対する会社からの内定通知書の送付は、この申込みに対する承諾と解され、その結果、労働契約が成立していると解されています。もっとも、この労働契約は、内定通知書に記載された入社日(始期)から労働契約の効力が発生する「始期付」であるとともに、内定通知書に記載された内定取消事由があれば会社がこの契約を解約する(内定を取り消す)ことができる「解約権付」であると解されているのです。

なお、以上の解釈は、内定通知書の他に、労働契約を締結するための通知(意思表示)が予定されていないケースに妥当するものです。例えば、内定通知書の後に、再度会社において採用を検討し、採用する場合に採用通知書が送付される、というようなケースでは、内定通知書の段階では未だ始期付解約権付労働契約が成立しているとは解されない可能性があります。

会社による内定の取消し

それでは、内定通知書に記載された内定取消事由があれば、常に、会社は内定を取り消すことができるのでしょうか。

結論から言いますと、内定通知書に記載された内定取消事由があっても会社は常に内定を取り消すことはできない(内定者は常に内定を取り消されるとは限らない)ことになります。

社会人の教養としての法律知識としては、この結論だけを理解していただければよいと思います。

念のためご紹介すると、判例(最判昭和54年7月20日民集33巻5号582頁)は、「採用内定当時知ることができず、また、知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られる。」、「企業が、大学卒業予定者の採用に当たり、当初からその者がグルーミーな印象であるため従業員として不適格であると思いながら、これを打ち消す材料が出るかもしれないとしてその採用を内定し、その後になって、右不適格性を打ち消す材料が出なかったとして留保解約権に基づき採用内定を取り消すことは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することができず、解約権の濫用に当たるものとして無効である。」と判示しています。

このように、内定の取消しが認められるか否かはケース・バイ・ケースですので、実際の判断は専門家に相談しましょう。

内定者による内定の辞退

反対に、内定者による内定の辞退は自由にできるのでしょうか。

労働者には解約の自由が認められていますので(民法627条)、内定者による内定の取消しも、少なくとも2週間の予告期間を設ける限り(2週間後に終了させることを予告する限り)自由にすることができます

こちらもケース・バイ・ケースではありますが、例えば、相当期間前に予告できたにもかかわらず、会社に損害を与えてしまうような時期に内定を取り消す、といった例外的な事情がある場合には、例外的に責任を問われる可能性があることは注意が必要です。

内々定

それでは、内々定の段階では、どのようになるでしょうか。

鋭い方は、内定の法的意義の理解を踏まえ、内々定の段階では会社と内々定者との間に契約関係が成立しているとはいえないのではないか、と理解いただけたのではないでしょうか。

内定=始期付解約権付労働契約となるためには、内定通知書の他に、労働契約を締結するための通知(意思表示)が予定されていないことが必要でした。

内々定の段階では、労働契約を締結するための通知(意思表示)である内定通知書の送付が予定されていますので、会社としても、内々定者としても、内々定の段階で労働契約が成立しているとは認識していないことが多いです。

したがって、内々定の段階では契約関係は成立していない(会社も原則として自由に内々定を取り消すことができる)と解されることが多いです。

もちろん、例外的にそうではないケースもありますので、会社による内々定の取消しが認められるか否かの判断に迷うような事情がある場合には、専門家に相談しましょう。

おわりに

以上、内々定、内定が法律的にどのような意味を持つのかを説明しました。